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第3回『熊野街道ジャーニーラン中辺路編&伊勢路編
     2005.12.30〜2006.1.4
   ○お天気 晴3日、1日●雨 2日曇り

<参加者> アッシーさん、大西おじさん、まっちゃん、カラヤン、横兄さん、慎ちゃん、てっちゃん、がっつさん、                藤もっちゃん、ナビさん、マリリン      ♂10名・♀1名 計11名でした。

<行程・距離>  (累計距離)        <コース>
1Stage  43.7km   ↓         田辺駅〜滝尻(中辺路)〜近露           
2Stage  46.5km  90.2km      近露〜熊野本宮〜(小雲取越え)〜小口      
3Stage  41.8km 132.0km      小口〜(大雲取越え)〜那智〜新宮速玉大社ゴール                    
4Stage  40.2km 172.2km      熊野市〜(曽根次郎坂・太郎坂)〜八鬼山〜尾鷲市〜相賀        
5Stage  60.3km 232.5km     相賀〜始神峠〜ツヅラト峠〜梅ケ谷〜三瀬谷               

Stage  40.5km  273km  三瀬谷〜栃原〜女鬼峠〜田丸〜伊勢外宮ゴール 

★TOTAL距離   伊勢外宮ゴール273km    

                      

<写真集>〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

<あとがき>今回、初参加の方と経験者が半々でしたが、今まで以上に6日間本当に楽しい旅でした。皆さんお疲れ様でした!

 

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第2回『藤原定家・熊野街道ジャーニーラン』
       2003.12.28〜1.4
   ○お天気 快晴7日、一日●雨

      〜★中辺路編&オプション伊勢路編★〜
    

<参加者>
 国府@三重、スパーおじさん@大西、コーチャン、まっちゃん&WANDA、慎ちゃん、横ちゃん、
          岩井ちゃん、 加藤@URC用賀、後藤真知子、ナビ関根、マリリン 
                                              ♂9名・♀3名 計12名でした。

☆今年も12名のランナーで、贅沢三昧な旅を楽しんできました。
写真集を見て〜、見て!!美味しいご馳走いっぱい。
昨年行けなかった正規の熊野古道を忠実に辿って〜、熊野本宮大社、那智大社、速玉大社(熊野三大社)に参拝。
今回は、サポート無し、5日間の日程で一日の距離を短くしました。その精なのか??皆さん毎日余裕の楽走でした。
宿に着くのが毎日の楽しみでした。今回は、どの宿も料理が最高でした。
温泉宿「民宿ちかつゆ」では、何たって、お魚が絶品!!(ワ〜ウォ〜)
(てんぷら、お造り〜鮎のから揚げ、鮎ごはん)も〜、皆さん出るは、ため息ばかり・・・(ご飯を5杯もお替りしたのは誰?)
小口でたった一軒の「民宿百福」ここも又、ご主人のお出迎え〜おもてなし、気遣いは天下一品でした。
女性郡だけ温泉に連れってもらった(男性ゴメンアサイ!!)最高!! 横ちゃんいいなくて残念でした。

後半は熊野古道の一番の難所、「大雲取越え」が待ち構えていたが、みんなでわいわいがやがや言っている内に、
難なく越えられてよかった。(胴切坂では口かづ少なかったな〜、誰かさん?)
那智大社に昼頃着き、後はほぼロードの予定だったが、横井さんが道案内してくれ、旧道を少しでも行けてよかった。
最後は砂浜に出て潮風にふかれ歩いたのも最高に気持ち良かった〜。
そして、楽しかった思い出も最後となり〜、
1月1日16時55分「新宮速玉大社」に10名が無事ゴールし、一部ジャーニーランが終了した。

◇1月1日〜第2部(オプション)へとつづく〜、
国府さん、大西さん、ナビ&マリリンの暇な4名?で、ちょっと寂しかったですが、伊勢路は
険しい峠越えが多く、苔むした石畳を一歩一歩踏みしめながら、いにしえの人に戻った気分でした。
こちらも感動の毎日でした。 「旅は道連れ」ほんとにいい旅でした。 
今回のジャーニーランは、まるで「温泉・グルメ旅行」のようでした。
参加者の皆様それぞれに感動を「ありがとうございました&お疲れさまでした」。 


<行程・距離・>              <所要時間>          <コース>
1Stage  79.6km(累計距離)↓(12時間40分)    スタート天満橋「八軒家跡」〜海南市         
2Stage  73.4km  153.0km(13時間43分)   海南市〜(熊野古道)有田市〜南部町         
3Stage  50.6km  203.6km(10〜12時間)    南部町〜滝尻(中辺路)〜近露             
4Stage  37.0km  240.6km(10時間30分)    近露〜熊野本宮〜(小雲取越え)〜小口        
5Stage  36.8km  277.4km(10時間15分)   小口〜(大雲取越え)〜那智〜新宮速玉大社ゴール 
 ↓<オプション>「伊勢路」
6Stage  45.5km  337.4km(13時間25分)   熊野市〜(曽根次郎坂・太郎坂)〜八鬼山〜尾鷲市
7Stage  63.7km  401.1km(11時間20分)   馬越峠〜始神峠〜ツヅラト峠〜梅ケ谷〜三瀬谷  
8Stage  39.1km  440.2km( 7時間05分)   三瀬谷〜栃原〜女鬼峠〜田丸〜伊勢外宮ゴール 
      ★TOTAL時間 1部  57時間〜59時間
               2部  31時間50分

<総計距離> 新宮速玉大社ゴール277.4km、  伊勢外宮ゴール440.2km

<楽しんだステージ>

小結  3ステージ「完踏者」2名 横ちゃん、後藤さん、
★関脇  4ステージ「完踏者」1名 加藤さん、
◇大関  5ステージ「完踏者」6コーチャン、岩井ちゃん、まちゃん&WANDA(2回目)、
                       慎ちゃん(2回目)、国府さん、
◆大関  7ステージ「完踏者」1名 マリリン(20kmほどワープ、2回目)
○横綱  8ステージ「完踏者」2名、スーパーおじさん、ナビ関根、


☆★今回は、多少の時間差はありますが、みんなで一緒に楽しんだと言えるでしょう!!
CPの通過時間を見るとほとんど同じと言う事ですので、個人の記録は特に作成せず、
上記の所要時間をもって記録とさせて頂きます。
尚、全ステージ完踏者には、後日『完踏証』をお送り致します。


<写真集>中辺路編  


スタートの
「八軒家跡」集合

まだ、大鳥神社

松原さん今年も
私設エイドありがとう!!

一里塚

いちびりおじさん
は誰?
紀伊国屋文左衛門
の墓

一休み

夕日に照らされ
南部町

ホテル「朝日楼」
の朝

畑山橋を渡る
快調岩井ちゃん

良く食べる〜
コーチャン

これから山道
滝尻で腹こしらえ

滝尻でひと休み
3人?を待つ

中辺路を行く

民宿「ちかつゆ」
スタート〜

このご馳走に
感激!!「近露」

とがの木茶屋
でいっぷく

この険しさも
乗り越えて


湯川王子跡

ほんまもんの
茶店前
桜茶屋
もう直ぐ勝浦

あ〜幸せ!!
民宿「百福」

朝日の合間
大雲取越え

那智高原

那智の滝をバックに
那智大社
那智
大門坂にて

高野坂
展望台にて

砂浜を楽しむ
いよいよゴール近し
速玉大社へ
無事ゴール!!

オプション「伊勢路編」 1月1日〜4日 快晴   国府さん、スーパーおじさん、ナビ&マリリン珍道中!!
いよいよ4人旅
秋刀魚干し
浜街道を行く
花の巌



尾鷲
河合民宿

長島温泉を
望む
海辺の休憩所
ツヅラト峠
夕日に照らされ

伊勢路

別街道標識

紀州街道起点

伊勢外宮に
ゴール!!


☆★ 「無理せず、ゆっくり、地図とにらめっこ、あ〜楽しや走り旅」 真峰 一句
 初参加の皆様、こんな旅は如何でしたか?  感想記お待ちしております。

◆ 『熊野街道』の解説は、下記レポート(昨年)をご参照下さい。


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 記録表
          第1回『藤原定家』熊野街道ジャーニーラン
 杉木立や自然林の中の静かな古道をたどる時、私達は蟻の「熊野詣で」といわれたかつて
  の賑やかな光景を想像することはむつかしい。しかし、山路には時に苔むした石畳が見ら
  れ沿道の所々に九十九王子社の跡がある。昔の人々は、なぜ険しい峠を越え、谷川を渡
  って熊野へ向かったのでしょう!。熊野は神のこもる国として信じられ、本宮、新宮、那智
  の三大社によって代表され、平安中期から江戸時代にかけて長い間、人々の間で「伊勢へ
  七度、熊野へ三度」とうたわれるほど念願の地として栄えた。
    いにしえの人の想いを一歩一歩踏みしめて苔むした古道をたどって行く時、今も変わら
  ぬ願いがよみがえってくる・・・・そんなロマンの道・熊野古道を私達は旅しました。
  「藤原定家熊野もうでの路」建仁元年(1201)10月5日〜27日にかけて、藤原定家は、
  京都から舟で天満の八軒屋に着き、そこから九十九王子社に寄りながら、ゆきは11日、
  熊野三山を5日でめぐり、帰りは同じ道をとおり23日目に京都に戻った(約631キロ)の
  旅をしている。今回はその定家にならって熊野街道の旅を実施しました。
     

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中辺路編
  レポート         2002年12月29日〜2003年1月1日
   参加者(8名) 敬称
   玉本英明、長崎正広、長崎由里子、服部和彦、平松修、村井雅子、山田慎治、阪本真理子、
   関根孝二(サポート)、松島勝嘉(風邪にて不参加)★お見送りランナー長尾康久、山上直樹(2名)

◆1ステージ(12月29日)快晴  天満橋「八軒屋跡」スタート〜海南市「BHシンプソン」ゴール
  ☆79.6km↓   < 所要時間 13時間05分>
●天満橋「八軒屋跡」を8名のランナーと飛び入り参加の長尾さんと9名で、6時30分丁度に
  スタート。 直ぐ一つ目の曲がり角に立派な熊野街道の道標が出てきて、こんなとこに、わ〜
  あったの?。知らんかったな〜と、異口同音。窪津第一王子に始まり、九十九王子を訪ねる旅
  の始まり〜始まり〜。今回は、4名が初ジャーニーラン、4人が東海道などの経験者。

 谷町筋を一路南へ走る。阿倍野〜熊野街道らしくなり、まっちゃんは昔の想い出多き場所を通
 る度に懐かしさに感激しているようだ!。熊野街道の道標はけっこう多く、初めてここを通る人
  には、ひょつこりひょうたんじまだった。村井さんの脚に異変!!痛めた膝がぶり返す。
  ここより車に乗る事を決断し、サポーターに変身。お昼過ぎ、 少しバラケテきて、早速ここで私が
 道を間違えるプニング!!何とか佐野王子に着きひと安心!
 (まっちゃんとwanda不安にさせごめんなさい!)。反省!ここからしっかり地図を再確認。
  やっと53kmの山中渓だ!。ここに服部さんのファン?松原さん夫婦のエイドあり嬉しい!!。
 好物を沢山頂きありがとうございました(お二人も11日間で熊野街道を歩いた先輩のようだ)。
 
 いよいよ大阪ともお別れ、峠の手前で和歌山県に入る。急カーブの危険な峠を下ると紀ノ川
 までもう少しだ。少し暗くなりかけてきて全体のスピードが上がる。玉ちゃん引っ張り、修さん、
 慎ちゃん、少し遅れ服部さん、まっちゃんとwandaと私が続く。山道に入る所で、既に真っ暗。
 トンネルを通るか?正規の山道を行くか?。やっぱり暗くても熊野古道をと、4人は山道行く。
 何とか町に下りサポートカーのいる所に無事合流。だが、先行玉本組がいない。山の入口で
 迷った〜と言いながらも直ぐ追いついて来た。ここからは離れず7人の集団で走る。
 19時35分ビジネスホテル皆一緒にゴール。1日目が無事終る。  
      
◆2ステージ(12月30日)快晴 海南市スタート〜藤白神社〜御坊市〜田辺市「SBH田辺」ゴール
 ☆82.4km↓   <所要時間 13時間30分〜14時間30分>
●朝はかなり冷えている。今日もいい天気になりそうだ!。4時30分起床5時30分に宿をスタート。
  今日から山越えが始まる。サポートカーと暫く会えないので、リュックに防寒具や行動食を詰め
  藤白神社から直ぐの山道に入る。暫くすると薄明るくなってきた。眼下に港がきれいに見えた。
  みかん畑に霜が下りている。いよいよ熊野古道に入る。30分ほどで峠に出て、反対側の急勾配の
  ミカン畑をゆっくり下ると下津町。サポートカーが待っていて、しばしエネルギーを補給。
 今日は4つの峠越えが待っているのだ。楽しい!?。
 
 「山はいいなあ〜」と言い合いながら熊野古道の標識を見てはわくわくする皆なさん。ここで
 間違えると大変なロスになるので、私が先導する。「任しといて〜や、ここは何回か来た道や!」
 と心の中で呟くが、内心は(きのうの事があるので)慎重になる。いよいよ、峠を超えて有田市
 に入る。周りはミカン畑ばっかり、落ちているのをちょっと味見する「美味しい!!」(決して採った
 りはしてません)。

 ここから、有田川を渡ると「熊野古道歴史資料館」があるが閉館中だった(残念!)。つづき
 3つ目の山越えに入る。山は少しで終り湯浅駅に下る道(この辺りの眺めは最高!)。下見で、
 今回のこの道を探す為に何回も通った所だ。走ると暑いくらいの気候となってきた。JRの横を
 平行に進み、途中国道42号線を横断し4つ目の山に向かって進む。 最後の山越えは実に長く
 感じる。徐々に高度を稼ぎ、やっと鹿ケ瀬峠に着く。下見の時は吹雪でじっとしておれないぐらい
 寒かったのに、今回はなんと春のような陽気だ!。皆でしばし休憩する。下りはいよいよ石畳が
 現れ、藤原定家の熊野詣モードになってきた。けっこう長い下りに時間がかかた。
         
 この辺りは熊野古道がよく整備されていて標識が多い。ここに茶屋跡があり、サポートカーだ!。
 ここまで上がってきてくれてありがとう!!。みんなお腹も空いたとこだったので、もち入り雑炊は
 最高だった。これで、パワーがついたのか?村を通過して車道に出ると皆さん急に速くなりドンドン
 走る。先は長い〜のに、何故?「ゆっくり行こう!!」。ここからは、国道に出たり旧道に入ったりの
 繰り返し。私は少し脚に身が入ってきたので、スピードダウンすることにする。

 夕方になり、海岸沿いの道は少し風があり、寒くなってきた。玉ちゃんは今日の「御坊駅」で終了
 と言っていたが、もう少し先まで話しながら一緒に走る。夕暮れの海は美しかった。最後のお別れ
 ランを楽しんだ玉ちゃんと、切目駅でいよいよお別れとなる。又一人帰り寂しくなる。

 日もすっかり落ち、ライトを出して国道42号線沿いに田辺市に向かって走る。歩道が狭く危ない
 夜道は実に長く感じるものだ。長かった南部町を過ぎ、いよいよ田辺市内の標識が現れひと安心。
 でも今日の宿は初めてなのでサポーターに説明を受け、あと3キロほど?。先頭はDPSを頼りに
 するシューさんと服部さん組。少し前に慎ちゃんがいるようだ。私は、マイペースで残りを進む。
 
 バイパスを行くと左手にあるはずのビジネスホテルが見当たらない。真っ暗な道を上がったり
 下りたり、不安になり道を聞き、やっと見えた時はほっと!!。まっちゃんとwandaはまだ着いて
 いなかったが、21時過ぎに到着した。今日も全員無事ゴール(お疲れ様でした)。

◆3ステージ(12月31日)快晴 田辺市スタート〜熊野本宮大社〜渡瀬「クワH熊野本宮」ゴール
 ☆65.1km↓   <所要時間 13時間45分>

●3日目、いよいよ熊野古道の本筋に入る。昨日も夜遅くなり時間がかかったので、今日は正規の
 ルートを一部カットする事になった。今日から村井さんが復活、7人で5時55分に宿をスタート〜。
 滝尻まではできるだけ時間稼ぎと、どんどん走る。途中からまっちゃんに突然の膝痛!!。大事を
 とって車に乗ることになった。変わって村井さんが元気!!。滝尻で記念写真を撮り、いよいよ皆
 の憧れの熊野古道「中辺路」に入る。いきなりの急な登りに汗が噴出す。こんな感じの山道がず〜
 と続く古道には、冬期は訪れる人も少なく私達の集団だけのようだ!。

 暫くはゆっくり足慣らしのつもりで歩く。走れる所はほとんどない。村井さんは、登りになると強い。
 先頭を行く私の脚元に迫って来る。wandaも遅れがちながらも頑張って付いて来ている。シンドイけど
 やっぱり山道の方がいいなあ〜!。500m置きにある道標には番号が書かれ距離が確認できるので
 ありがたい!。約13キロほどの山道を上ったり下たりして、お昼頃に「道の駅」に出た。ナビさんとまっちやん
 がいて、この食堂でそれぞれ昼食を摂る。私は狐うどんとチャーハンとエネルゲン?を少々で
 後半の腹ごしらえ(これでバッチリ!!)。ここから村井さんが車に乗り、代わってまっちゃんが復活する。
 見ると、しっかり歩いているではないか!。あの朝の膝痛は、一体何だったのか?(本人もびっくり!!)。

 山深い古道は、一人になると静かで不気味でさえあるが、みんなと一緒なので元気が出る。
 所どころ車道に出たりしながら進むと、峠の下った近露という所で、新宮の横井さんの応援車あり。
 事前に連絡していたので時間どうり待ってくれていた。ミカンや柿、味噌汁、お菓子等を頂き、では
 次の小広峠でと言って別れる。
 
 山道から旧国道に出て暫く行くと樹齢1000年を越える巨杉が並ぶ野中の一方杉に着く。その隣には、
 何年か前に私達が通りかかった時に、NHKの取材を受け放映された「とがの木茶屋」である。ここには
 是非寄らねばならぬ!。早速みんなを呼び止め記念撮影とあいなる。ここからの景色も素晴らしかった!
 この茶屋は、現在では熊野古道歩きの憩いの場として親しまれているようです。
 しばしの間、平安時代にタイムスリップしたような錯覚を覚える。
        
 今日もこの調子で楽しんでいると時間がかかりそうだ!!。暫くして、又古道に戻り、小広峠に向かう。
 シューさん、服部さん、慎ちゃんは調子よくどんどん進んでいるようだ。でも、今回の参加者には特に
 速い人がいないので余りバラケずいい感じ。本宮大社まで行けば暗くなっても大丈夫と鷹をくくっているが、
 残り計算するとまだ8キロ余?ある。少し気合を入れ直し頑張る。

 ここからもけっこう登ったり、下ったりしながら峠を幾つも越えやっと発心門王子に着いた。何と、この山奥に
 サポートカーが来てくれていた(ありがたや〜!)。大好物のたこやきのサービスや、めちゃ美味い!
 しっかりお腹に詰め、最後のエネルギーとする。

 ここで既に暗くなりかけてきたので先を急ぐ。本宮まであと少しと、思っていたが、中々遠い。
 気は焦るが、石段が長く足元がよろける。一歩一歩慎重に下りる(転んだ人がいたが誰?)。
 最後の踏ん張りどころで、1時間はと〜に過ぎただろうか?。道標は1〜75まであった。やっと
 民家の明かりが見え、本宮大社の裏門に出た。通行禁止を無視して、中庭を通過し本殿に出る。
 すでに19時を過ぎていた。今日は大晦日、初詣の客を待つ屋台がいっぱい並んでいた。
   
 あと数時間もすると元旦となる。一足早い初詣を兼ねて本宮大社門前でみんなで記念撮影となる。
 皆疲れているが、残り4、5キロ頑張って!!。ここからは車道となり、一路「渡瀬温泉」に向かって
 夜道を走る。今日の宿泊地であるクワハウスの温泉の湯煙が見えてきた。 一斉に歓喜の声!!。
 急な階段を下り中州にある吊り橋を渡って、今日の宿に全員無事ゴール(3日目終了)。
 直ぐ温泉に浸かり至福の一時。夕食は、バンガローで温か〜い鍋をみんなでつつき合い、
 私達だけの大晦日を祝った(苦楽を共に走り旅!)。

◆4ステージ(1月1日) 晴 渡瀬スタート〜熊野那智大社〜新宮速玉大社〜「SH新宮」ゴール
 ☆55.6kmゴール <所要時間 11時間35分〜14時間15分>

●夜明けと共に一段と寒さが増す。今日は元旦、よい天気!。ナビさんが用意してくれた朝食を各自食べ、
 車に荷物を運んでみんな準備万端。いよいよ4日目の最終日である。バンガローを6時10分にスタート。
 まだ暗いが、街頭があるのでライト無しでも走れそうだ!。暫くは、国道沿いに走り請川よりいよいよ
 山道に入ていく。暫しサポートカーともお別れ。ゆっくり足を進めながら山道を登って行く。
 
 途中、熊野川を真下に望み景色は素晴らしい!!。少し行くと民家のある茶店に出て、暫しトイレ休憩。
 4日目となると、それぞれ脚を腫らしたり、アキレス腱、膝、足首などに影響がでてきているようだが、
 今日で最後となるので皆、頑張っている。その中でも慎ちゃんはよく食べ、その筋肉の塊のような身体には、
 何のダメージもないのか?やっぱり若さなのか!?。 私も筋肉痛から開放され、徐々に脚が軽くなってきた
 ようだが、まだ後半が控えているので自重。服部さんは夕方の列車 で帰るので時間が気になっている様子。
       
 今日もきのう同様に、素晴らしい峠越えが幾つもあり、時間がかりそうだ!。まずは小雲取越えで小口に下る。
 その手前の橋を渡ると小和瀬の渡場跡に今日も横井さんが来てくれていた。新宮名物さんまずしを頂く
 (これまた美味い!!)。次の道案内を受けいよいよ今日の難関、大雲取越えに向かって進む。ここからが
 実に長〜いのであります。急勾配の登り一方の道が暫く続く。唯一茶屋跡が時々出てきて気を和ませてくれるが、
 又坂が容赦なく続く。極めつけは胴切り坂の長い苔むした石畳を見つめては「もう直ぐだ!もう直ぐ峠だ!」と、
 自分に励ましつつ、重い足を一歩ずつ上げる。何回も通っている道なのに、実に長く感じる(疲れているのか?)。

 やっと越前峠に着く。ここで一息入れ、下りの準備に入る。今度は急勾配の下りとなり、膝や足首に負担がかかる
 ので要注意!!。ここで怪我でもしたら、伊勢路も走れなくなる。先頭は、シューさんと服部さん村井さんも
 付いている。慎ちゃんが続き私が後を行く。少し遅れてまっちゃんと脚を腫らしながらも頑張るwanda。
 急な下りで予定よりかなり時間がかかり、やっと那智高原公園に下る。そこにサポートカーが待ってくれていた。
 服部さんだけは時間が無いので、ここから一人先に走り那智駅に向かう。数分違いで皆下って来て全員揃った。

 ここにレストランがあり腹こしらえに入る。これが大失敗だった。中々注文が出てこなく時間を大幅ロスしてしまった。
 予定を大幅まわり、ここから直ぐ下の那智大社に向かう。初詣の人で溢れていた。人の渦の中をかき分け、
 急な階段を滝まで下りる。膝を痛めている村井さんとwandaには辛い道である。 「やっと着いた!!」滝をバックに
 記念撮影。ついでに線香の煙を頭や脚にかけ安全祈願!!(これがきいた?)車道を神経を遣いながらどんどん
 下りて行く。民家の所から、古道に入たり出たり。残りはゴールまで約20キロだ!!

 那智駅までの車道は危ないので、古道標識どうり行く事にする。日も暮れかけてきて竹藪の中に入り不安となるが、
 直ぐ古道の標識が現れひと安心!。ここからは車道をどんどん走り17時前に那智駅に何とか着く。
 先行の服部さんがここでゴールしているはずだが?何処にもいない。サポートカーも見当たらない。
 早速電話すると、まだ時間があったので、新宮駅まで走っているとの事。(完走できるよ!よかったね〜)。
 既に暗くなったので、ここから私達4人は懐中電灯を出しサポーターの指示で浜コースをパスし国道42号線を
 走る事になる。途中でサポートカーと合流温かい紅茶をいただく。
   
 ここからあと、5キロ?。ゆっくり歩きながら新宮速玉大社に19時20分ゴール!!。
  (シューさん、慎ちゃん、村井さん、マリリンの4人お疲れさまでした)。それから1時間遅れで、まっちゃんとwandaも
 頑張って走っているようだ!と、連絡が入る。日本列島風が吹き荒れ、今日の新宮はとても寒い。そんな中、皆で
 新宮駅に頑張っている二人をお出迎え。数十分待っただろうか?。二人の元気な姿が見え、20時40分頃駅前に
 無事ゴール。 「やった!!」みんなで抱き合って祝福。二人の目から真珠の涙が溢れて落ちた。
 最後に素敵なドラマを演出してくれた二人に「本当にお疲れさまでした。そしてありがとう!!」。   

                                                        マリリン報告                          
                             つづく                         
   〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜
  ★伊勢路編  レポート
      参加者(3名)  平松修、関根孝二、阪本真理子 ★松田弘和さん(山案内人)

◆5ステージ(1月2日) 快晴  新宮スタート〜熊野市「花の窟」〜尾鷲市「河合民宿」ゴール
 ☆60.4km↓ <所要時間 10時間〜12時間45分
●早朝、皆で速玉大社に行き、無事終了報告をする。今日は4名が帰るので最後のお別れとなる。
 オプション伊勢路に続くはシューさん、ナビさん、私の3人だけとなり寂しい。ビジネスホテルに車を   
 預かってもらえたので、ナビさんもサポートからやっと開放されて走る事になった。本当に4日間の
 サポートお疲れさまでした(感謝!感謝!)。
 
 今朝、熊野市の松田さんと言う方から伊勢路を案内してくれるとの電話が入り、「花の窟」で待っている。
 私達3人は皆に見送られ、8時に速玉大社をスタート。国道42号線を一路熊野市に向かい走り出す。
 ペースが遅く、お昼になってやっと待ち合わせの熊野の「花の窟」に到着。この時間では古道は夜中になると言われる。
 残念だが、今回は私とシューさんは国道を走る事にし、ナビさんと松田さんで正規の伊勢路を行ってもらう事になった。
       
 元気な二人は、はりきって走り出す。その後姿を見送るシューさんと私は国道42号線をまっしぐら、尾鷲のゴール
 河合宿を目指す。私達二人は次回のお楽しみと納得させる(結果的にこれが正解だったのだ)。

 国道42号線沿いはコンビニもお店もあまり無く、周りは山ばかり、ほんまこの辺は三重の山奥って感じなのだ!
 峠のトンネル越えも多く、実に長く歩道も狭いので走りずらかった。最後の峠を下ると急カーブの道が続く。
 横を車がビューンビューン走る。町の明かりが見えて来てあと数キロ!。地図を確認し宿はまだか?。
 行きすぎないように注意し、ガソリンスタンドで聞き直ぐ5分後に、無事河合民宿に到着できた(19時)。

 シューさんが先着し部屋のコタツに丸まっていた。夕食は二人で先にしながら、ナビさん二人の事を心配する。
 既に8時間が経っていた。民宿のおばさんの話しでは「八鬼山」越えが大変だそうだ!。夕食は9時までと
 なっていたが、まだ着きそうも無い。心配していると、電話が鳴ってナビさんからだった。今、山を下りた所の
 向井のバス停と言った。おばさんは、そこからだともう直ぐですよと言って夕食の時間を延ばしてくれた。

  20時45分、玄関の扉が開きナビさんの昂揚した顔が見えた。道案内をしてくれた松田さんも一緒
 (ありがとうございました)。既に予定していた帰りの電車が出てしまったので、この民宿で打ち上げとなり、
 2人の無事を祝福し「乾杯!!」。6つの峠を越えた後、最後に現れた長い「八鬼山越え」では真っ暗となり、
 下りは大変だったようだ!。(お二人さん、本当にお疲れさんでした!!)。

「熊野花の窟」より〜(古道コース) 
   松本峠〜大吹峠〜逢神峠〜ニ木島峠〜曽根次郎坂、太郎坂〜羽後峠〜八鬼山峠
   所要時間「8時間35分」でした。
       
◆6ステージ(1月3日) 曇り雨 尾鷲市〜紀伊長島町〜多気郡大台町三瀬谷「大黒屋」ゴール
 ☆58.2km↓ <所要時間 9時間10分>
●5
日間もお天気に恵まれたが、今日は午後から雨の予報だ!。一つ目の馬越峠越えが終り国道を紀伊長島の
 方に向かって走る。次のツヅラト峠越えでとうとう、どしゃぶりの雨となる。何とか約2キロの峠を越え下ると大内山村。
 雨は益々激しくなりこのままでは凍えてしまいそうなので、ここで終了とする。
 
◆7ステージ(1月2日) 晴曇り 大台町〜多気町〜玉城町〜伊勢市「伊勢神宮外宮」ゴール
 ☆36.6kmゴール 一時雪  <所要時間 6時間23分>
最終日、距離も少なくお天気となり元気がでる。最後に1つだけ小さな女鬼峠越えが待っていた。
 お天気なの、なぜか?この峠で小雪がちらつき直ぐ止んだ。楽しかった想いでを噛みしめながら、
 伊勢神宮に向かってゆっくり最終ランを楽しむ。予定より早く13時28分に伊勢外宮に到着。
 7日間のジャーニーランが無事終った。「大変お疲れさまでした」。

 

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高野・熊野を世界遺産に   《試走会》 2001年12月29日〜2002年1月1日

   年末年始の熊野古道を行く   

「世界遺産」warld heritageとは?・・・

  1972年のユネスコ総会で採択された「世界遺産及び自然遺産の保護に関する条約」、いわゆる『世界遺産条約』に基づき、人類共有のかけがえのない財産として、「国際的」に保護・保全していくことが義務づけられている「遺産」や「建造物」、「自然」などのことです。
 世界遺産に登録されるには、ユネスコの「世界遺産委員会」において、資産の内容が、他に類例のない固有のものであり、国際的に決められた判定基準に照らして「顕著で普遍的な価値」があると認められることが第一の条件です。また資産の価値にふさわしい、有効な保存管理が手厚くなされていることも、必要条件となっています。
 2002年7月現在、世界で730件、日本では11件が世界遺産に登録されています。登録される資産の数が増えるにつれ、一つの国において同じ種類のものを重複して登録しないことになり、したがって現在登録されているものは世界各国の歴史や文化、自然を代表する資産といえます。
 また、各国の政府から世界遺産として正式推薦する前に、その概要を予め届け出ることも決りのひとつで、2001年4月には、吉野、熊野、高野の各霊場と参詣道が「紀伊山地の霊場と参詣道」として「世界遺産暫定リスト」に記載されました。そして、今年11月に国の推薦を受け、ユネスコの登録に向け、一歩前進したと言えるでしょう!。

登録手順
 世界遺産暫定リストに記載⇒国から世界遺産センターに⇒国際的な専門機関による⇒ユネスコ世界遺産委員会
   2001.4           推薦状の提出           現地調査            審議                                 
     
日本の世界遺産(3.6は自然遺産、その他は文化遺産)

    1・法隆寺地域の仏教建造物(奈良県)         1993年登録  
    2・姫路城(兵庫県)                     1993年
    3・屋久島(鹿児島県)                    1993年
    4・白神山地(青森、秋田県))               1993年
    5・古都京都の文化財(京都、滋賀県)          1994年 
    6・白川郷・五個山の合掌造り集落(岐阜、富山県) 1995年
    7・厳島神社(広島県)                   1996年
    8・広島平和記念物「原爆ドーム」(広島県)      1996年
    9・古都奈良の文化財(奈良県)             1998年
   10・日光の社寺(栃木県)                  1999年
    11・琉球王国のグスクと関連遺跡群(沖縄県)     2000年