すた子さん『2005さくら道国際ネーチャーラン』快挙!!
2005・4・23〜24開催されました 『2005さくら道国際ネーチャーラン』で、すた子さん(平井小夜子さん)が、初参加ながら見事な走りで完走されました。おまけに何と30時間を切って、29時間台での完走でした。まさしく、実力のとおり素晴らしい快挙であり、我クラブの仲間としての誇りでもあります。
まずは「完走おめでとうございました&お疲れさまでした」。 これからも益々実力を発揮され、女性ウルトラ界を担うランナーとして頭角を現わしてこられるものと期待しております。無理せず、マイペースで頑張って下さい。みんなで陰ながら応援していますよ〜!
★〜すた子さんからのメッセージです★〜
ネイチャーの折は、応援ありがとうございました。
36時間で走れるかどうかとても不安だっただけに、30時間切る事が
出来、自分でも本当に上出来だと満足しています。
これも、ナビ&マリリンさん、にぎやかワンダ、そしてチームメイトの
あるでないでのメンバー、そして皆さんの応援のおかげだったと思い
ます。時折、真理子さんのアドバイスを住友さんが送ってきました。
有難い事でした!
その都度守ったつもりでしたが、言われる通り、やはり途中バテテし
まいました。
それがレースでありかつロングになればなる程、ペース配分がいか
に難しいかを痛感しました。
でもとてもいい経験になったと思います。今まで自分になかった、
こんな走りもあるんだなぁと感じ、これからはまたいろんな場所や
走り方で、自分の世界を広げて行きたいと思いました。
100マイルクラブの皆さん、応援ありがとうございました!
また、関西で一緒に走って下さいね。
<一番プレッシャーだった事>
あるでないでのメンバーに100マイルクラブの幟を振って応援
する、と言われた事。
2005・5・15 平井小夜子
 
☆★ゴールでは、まだまだ余裕が見られるすた子さんでした。(やっぱり凄いですね〜!)
2005・4.24 〜金沢兼六園の佐藤桜にて〜
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Vol.7 仲間ニュース 『RunMate』 2004 .1月〜12月 2004 『RunMate』 賞は下記の方に決定♪♪
今年の活躍ぶりを評価し、松本伸一様(ぴかいちさん) 大阪市住之江区
を 『RunMate』 賞 に決定致しました。推薦はまっちゃん&WANDAさんでした。
ぴかいちさん@ランナーでないさん、と言われながらも、ウルトラの世界では中堅のばりばり40歳台です。
我がクラブにはまったのはここ2年ほど前でありますが、我がクラブの大会及びイベントに数多く参加され、
最近めきめきと力をつけてこられました。又、大会ボランティア&レポーターとして仲間を大いに楽しませ、
陰の功労者としての活躍は著しいものがあります。
よって、日本100マイルクラブに多大なる貢献をされた証として、その努力と熱意を称え、ここに2004年 『RunMate』 賞をお贈り致します。
これからも、益々ウルトラの世界を楽しく走り、又レポーターとしても多くの皆さんを楽しませて頂きたいと思います。
「おめでとうございました」。
ぴかいちさんには「おおさか渡船場巡りマラニック」の後の打ち上げ会場にて、
「写真入りの表彰状とクリスタルの盾」を贈呈いたしました
2005年1月30日
「Run Mate賞」選考委員会
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○下記はぴかいちさんからの長文メッセージ(履歴書)です。気長〜くご一読下さい。
2005.1.16 Run Mate賞〜私の走りの履歴書〜
ぴかいち(松本 伸一)
このたび100マイルクラブより「Run Mate賞」をいただくことになりました。 私のような若輩者が多くの皆さんの中から選ばれ感激です。 私を走らせてくれた家族、一緒に走ってくれたランナーの皆さん、スタッフや ボランティアの皆さんに深く感謝します。ありがとうございます。
この賞をスタートに今後もゆっくりと、仲間と共に距離がどこまでも年齢がいつまでも、 長く楽しく健康で安全に走れるよう精進していきたいと思います。
それでは阪神淡路大震災から10年。私の10年余りの走りの履歴書を公開します。 本格的に走り始めた頃は95年頃からですが、96年からつけている、ランナーズ・ ダイアリーをめくりながら記憶を掘り返しつつ思い出したものです。
96年は「第13回京都木津川マラソン」で初フル。タイムは5時間50分35秒。 前年の11月〜12月頃に走りすぎたせいで、ヒザを痛めて完走できるか不安な状態 でしたが、6時間のペースランナー竹田さん(フル100楽走会・その頃は知らなかったのですが)のおかげで完走することができました。 3月には「明日香ひなまつりマラソン」10kmで石舞台の周囲を走りました。
自分がカンスパで石舞台を走るなんて10年前には想像もできないことでした。 その頃フルは木津川と福知山が年2回、10km以下のレースに多く参加していました。 会社のスポーツクラブで11月に神戸市主催の「六甲全山縦走大会」に参加するため、 夏ごろからトレーニングを開始しました。その後‘03年まで8年連続で参加しました。
56kmを約12時間前後で歩くので、練習会や筋トレ、そしてストレッチなどを 通じて現在のウルトラマラソンを走るベースができてきたと思います。
98年はハーフの回数が増えています。年間の大会参加も3kmのレースなどを含め 27回。春には大阪シティ、京都シティ、会社の仲間と明石海峡大橋など京阪神の有名なレースに参加していますが、ファンランなのでハーフのタイムは1時間50分前後でした。 家族とファミリーマラソンに行ったり、仲間と山歩きにも何度か行っています。
99年そろそろフル以上の距離を走たくなり、サロマ湖100kmにエントリー しました。木津川で4時間切れたら 北海道 に行こうと決め、結果は3時間56分11秒。 いきなり100kmは無謀かと思い、「鯖街道マラニック80km」で足試し。 苦しかったけど山道は面白く、こんなレースもあるんだという思いでなんとか出町商店街にゴールできました。このマラニックで走らせてもらっていること、ゴールできたこと のよろこびから涙でアーケードが少しぼやけて見えました。 以来、鯖街道にはまり毎年参加しています。「東山三十六峰」も連続参加です。
6月「サロマ湖100kmウルトラマラソン」。たぶん完走は来年になると下見のつもりで参加したのですが、スタート時の天候が小雨だったのが幸いしゴールすることが できました。タイムは12時間17分。以来5年連続 北海道 に行きました。 しかし、2001年は暑さのため80km関門通過時点でリタイア、完走は4回です。 その頃から大会で堂本さんと会う機会が多くなりました。最近会わないので心配です。
2000年はかっとび伊吹、妙見山岳マラソンなどの山岳レースにも参加しはじめます。 「四万十川100km」に初参加。途中のカヌー館でリタイアも考えたのですが、 なんとか復活して完走。翌週、「和歌 山城〜高野 山110km」無理しないとの家族の 約束を守り90km関門通過でリタイア。スタート時の写真にはナビさんが写っている のを最近発見。そういえば堂本さんと打上会場で缶ビール飲んでるとき、玉本さんや 山上さんに会っていたんですね。
01年は4月「 大阪府 チャレンジ登山大会」でダイトレコースを初めて走る。 9月は「立山登山マラニック」と「チャレンジ比良」(歩き)の大会初参加。 ウルトラと山岳マラニックというのが、自分の走りとあっているように感じできた時期 でもあります。でもサロマの途中リタイアは反省材料でした。どんな条件でもゴール できるよう鍛えなければならない、レースの状況に合わせて体調も精神状態も コントロールしなければ完走できないことを学びました。 職場の仲間を誘いハイキングを始めたのもこの頃でした。
02年はレース(歩きの大会含め)過去最高の32回。 ウルトラも5月「野辺山100km」、「鯖街道80km」、6月「しまなみ100km」 「サロマ湖100km」、9月「立山登山マラニック65km」、10月「えちごくびきの 100km」と年間6本。ランナーズのNB大会出場コンテスト(距離の部)で入賞。
私が日本100マイルクラブの大会に初めて参加したのは、4月「大阪城さくら マラソン」。このとき枚方の折り返し地点がわからず、少し余計に走りました。 そして12月「チャレンジマラソンin長居」のフルでした。 家の近くだったので参加したのですが、人数が少なくゴール後は豚汁のサービスがあってうれしかったことを覚えています。 そして、桜ノ宮での「クリスマスチャリティラン」(フル)。海宝さんが参加されていて 一緒にゴールさせていただきました。
03年、この年から100マイルクラブのマラニックに本格的に参加。 1月「竹内街道60km」一番後ろの方だったので堂本さん、河田さん、長崎さん (その頃Wandaなんてとても呼べなかった)と一緒に走りました。 きっと、もたもたしてると思われていたことでしょう。打ち上げにも参加。
2月「信貴〜生駒」、3月「六甲全山縦走」、3月「奈良万葉の里」、8月「パノラマ トレールラン」(連続参加できなくて初日と2日目だけ)、7月「 二上山〜葛 城・金剛」 9月「東海自然歩道・大和路編」、そして10月予想もしない「関西周遊山岳マラニック」、 11月「OSAKA BAY240km」、12月 再び 「信貴〜生駒」 、 締めは「ロイヤルデーラン」。
全部で11回の参加。 ボランティアが「チャレンジマラソン・長居」と「クリスマスチャリティラン」の2回。 日帰りマラニックに始まり、泊まりと連続走行と100km以上の長距離走、そして ボランティアと5年分を濃縮したような経験をした1年間でした。
関西周遊では「チーム・ミラクル」を組んだ田中@京田辺さん、小坂さん、 OSAKABAYで一緒に走り、今では「大阪ベイスターズ」となった、大西おじさん、 横ちゃん、田中@福岡さんとの出会いがありました。ウルトラやマラニックを通じて 一気に世界が広がった年になりました。
04年、マラニックなど通じて、仲間とのつながりが強い絆となった年でした。 1月「ランナーズ賞受賞メモリアルラン」、 2月、雪の矢田寺が美しかった「奈良万葉の里」、 3月「京都寺巡り」、「東海自然歩道・大和路編」
4月、雪の「六甲全山縦走」、「さくらマラソン」ボランティア、「太陽の道」、 5月「カンスパ」、「渡船場巡り」、血染めの「琵琶湖一周」、「いにしえの道」 6月「 第2回 OSAKA BAY」、「信貴〜生駒」
7月「東高野街道」、世界遺産となった「大峰奥駈」、「パノラマトレールラン」 8月、南米壮行会を兼ねた「さわやかナイトラン」 9月〜12月、留守番部隊の「カンスパ試走会」、「クリスマスチャリティラン」 それぞれに思い出に残るマラニックや大会となりました。
ナビ&マリリンさん、ひまちゃん、マッちゃん&Wandaなど多くのランナーとの 輪が広がり深まっていきました。もう抜けきれなくなってしまいました。 2005年も健康に感謝しながら仲間のみなさんと楽しく走り続けたいものです。 今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。 |